コーヒー挽き器

21/11/2019:

「両ちゃん、コーヒー好きなんだ。」当たり前のことだと思ったが、聞いてみた。いつも喫茶店いっていて、コーヒーを頼んでいたから嫌いなことはない。良く見たら、豆を手で引く容器もあった。そういえば親父が昔、日曜日の朝になるとコーヒー豆をプラスチックの小さい計量器げ計って、コーヒー挽器に入れていたのを思い出した。器械は内部に歯車があって豆を入れるとロート状の小さいトンネルから歯車で挽いてコーヒー豆が削られていく原始的な構造である。その手間を減ることで単なる豆が高貴な香りを醸し出す。その過程が尊いものであった。相撲取りが立会に時間を掛けるような物であると思った。コーヒー挽器は豆の堅さに比例して力を込めて歯車を回転させるとよく動いた。そのため、固定する必要があるが、彼は胡座をかいた姿勢で左右の足裏で器械を固定して力一杯利き腕の右手で歯車を時計回りに回転させて、堅いコーヒー豆を挽いて粉にしていった。日曜日の早朝に儀式であり、その後の香りは非常に良いものであり、いつものご飯とは違う非日常の日曜日パン食を特別な存在とした。人間の行いはときにありきたりの行為を非日常の尊い物に変えることができることが幼いながら理解できた。全ては人の行いによるということである。決して人から強制されることではないし、強制されては意味が無いものである。