引っかかった。。。

帰りの道は短く感じた。1回通った風景を思い出しながら行くのは楽しいことだとわかった。下り坂が続いていて、スピードを出さないように注意して運転していった。たまに車が後ろから煽っている。バイクは下り坂ではスピードを出すのには勇気がいる。車を先に行かすことにした。日が沈みかけてきて、急に寒さを感じた。体が温かいものを欲していた。ちょうど良い時間に家に帰ることができた。アパートの入り口に入るところでエンジンを切って、手で押して入ることにした。五時を少し回ったところであるので、学校の帰りでも良かったが、一日授業をサボって遊んでいた後ろめたさからそいしたかった。部屋に入ると電気は着いていなかったが、夕日が反射して室内を多少は明るくしていた。「部屋が真っ暗になる前に戻れて良かった。」、とホッとした。一人暮らしをしたくて、大学を選んだのだけれども、その生活が始まったとたんに寂しさに打ちひしがれた。寂しくてたまらなく、家に電話をした。友達にも電話をした。夜に家に帰ったときに部屋が暗いのがたまらなく辛かった。特に冬場はそうだった。今もまだ慣れていない。メットを靴箱の上において、シャワーを浴びた。脱いだ服は洗濯機にいれた。部屋に洗濯機があるのは便利だ。親が勝手に段取りして設置してくれた。有り難かった。少し早いが、とんかつやで夕食を食べることにした。歩いていつもの店にいくと、店は空いていたので、どこでも座って良いと言われた。「混んできたら、相席でね。」、と言われた。昼飯を食べていないので、ジャンボチキンカツ定食と瓶ビールを頼んだ。一杯のむと今日起こったことが急に頭の中で湧いてきた。「快晴で絶好のツーリング日よりであるが、寒いのは堪らない。革ジャンがあったら・・・。」、と思った。トレーナーにブルゾンではどうにも寒かった。ジーパンだけでは足が震える。何にも考えていないで家から出て来た自分に頼りなさを感じた。やってやろうと気ばかり焦っている。「この焦りの理由は何だろうか?」、とふと思った。大学に入ってから、回りのみんなと酒を呑みながら話をしていくといつも将来のことを話している。将来が不安というのも可笑しな話である。同年代の人と比べたら相当恵まれていると感じるが、実感がない。他の学生と宿泊する機会があった。うぶな世間知らずの新入生を勧誘して知らない間にその仲間にしようとするもので、社会問題化していた。そういう物には引っかからないという自信はあった。「引っかかる人は馬鹿だ。」、と思っていた。引っかかった。学校の前でサークルの勧誘ということで親しく話をしてきた。かわいい女の子だった。2年生か3年生の同じ大学の人だと勝手に思った。あとで分かったが、大学生でもなく社会人で20代後半であった。「みんなといろいろな大学生活の悩みに社会の問題について話をしてみない?これから何をやっていくのかとか。みんな悩んでいると思うけど、悩むということは良いことだと思う。」、とストライクに私の心に来た。付いていった。学校から大通りを南に少しいって、狭い道を東に入ったところの角にある一軒家であった。階段を上がり2階に行くと、絨毯にソファーが置いてあった。普通のリビングであるがそこに25歳前後であるが、親しみのある笑顔を持った女の人がいた。同じ大学の教育学部3年生だった。寂しかったからいろいろ話を聞いてもらえるのがありがたかった。夕飯作ってもらって、4人で一緒に食べた。久しぶりに美味しかった。家族で食べているときはそうは思わなかったが、一人暮らしをしてから2週間くらいで泣きそうになっていたので、嬉しかった。サークル気分で通っていると、「週末に他の大学のみんなと学生生活の悩みとかを相談するのはどう?」と言われた。参加費は2泊で12,000円だけどと云われた。「参加費とるのかよ。」と思いながら楽しそうだからと申し込んだ。山の上にある研修施設にいった。ここでいろいろな新入生と供にした。懇親会で楽しく話をした。教師になりたいと隣の奴がいった。知らない名前の仏教系の大学である。それが一番確実だからといっていた。地元に帰って親の仕事を継ぎたいという奴もいた。名の通った私立の大学である。町の美容院とのことである。大学を出てから専門学校に入り直すといっていた。参加者が自分の生い立ちを話して、将来何になりたいかとか現在はどうしたいかということを話している。それについて何となく問題を共有して仲間であるという意識を植え付けているという感じであった。理解できなかった。ここは自分のいる場所ではないという気がしてきて、急に冷めた。翌日が長く苦痛に感じた。家に帰って後悔の念が込み上げてきた。それからは、そこにいかなかった。彼らは何回もアパートにやってきた。部屋の中で話し始めた。自分が引っかかったことを確信した。それ以上はなかった。自分の悩みは自分で考え、答えを出さないといけないと思っていた。他人の教えを参考にするなら良いが、それを鵜呑みにしたり、強制されるのは何か違うなと思った。悩み苦しみ、実行していく課程で見つけていくものだと思っていた。